都会くらしから のどかな小瀬戸地区へ移住
藤原俊さんは東京の大学でステンドグラスを学び、
埼玉のステンドグラス工房のデザイナーとして活躍した後、地元・静岡へ家族を伴い、Uターン。
空き家になっていた祖父母宅を住まいに選んだ。同時にステンドグラス作家として独立。
また、地域の歴史などを伝えていた祖父の活動を引き継ぎ、「小瀬戸の文化と歴史を未来につなぐ会」を設立した。
移住にし、奥さまの紅子さんやお子さんたちは、はじめ不安を抱えていたという。
しかし、今では子どもたちは野山を駆け回り、沢で遊ぶなど田舎らではの遊びを満喫。
近所のおばあちゃんの家に気軽に遊びに行くなど、地域にすっかり溶け込んでいる。
周囲に頼れる存在がいることは、暮らしの充足感にも繋がりそうだ。
食や暮らしが満たされると心も満たされる
藤原さん一家の日々の食卓には、自家菜園でつくる野菜をはじめ、小瀬戸のお米、お茶、そして、近所の人から分けてもらうイノシシ肉などが並ぶ。
「スーパーも利用しますが、近くの山へタケノコを採りに行ったり、セリやノビル、アケビの新芽といった野草もいただいたりして、
自然の恵みを堪能しています」と紅子んは話す。俊さんの祖父母もお茶やミカン農家をしながら、自給自足の生活を送っていたという。
自分たちもそんな暮らしができたらという想いがある。
「食や生活そのものが満たされると、気持ちも豊かになれます」と俊さんは話す。
本当に豊かな暮らしとは何か。夫妻の話から、暮らしについて改めて考えさせられる。
茶工場だった場所をステンドグラス工房に
住居横の建物には、ステンドグラス工房がある。ここは、かつて祖父母が茶工場として使っていた場所。
俊さんが床板を貼り、雨漏りの修繕を行った。茶箱や近所の方からいただいた古い家具などを置き、味のある雰囲気に。
西洋の印象が強いステンドグラスとも不思議なほどマッチしている。
国内でもあまり多くないステンドグラスに焼き絵付を施す技術を持つ俊さん。
絵画のような美しい作品に思わず目を奪われる。
大好きな祖父母宅で昔ながらの生活を愉しむ
住まいに選んだのは、空き家になっていた俊さんの祖父母宅。
大学で古建築を勉強していた紅子さんの経験を活かし、良いところはそのまま、老朽化したところは補修するなど、自分たちの手で整えた。
玄関を入れば奥まで土間が続き、広々とした縁側からは外で遊ぶ子どもたちの声と鳥のさえずりが聞こえる︒。
現在は使われていないが、台所にはかまども残っており、「いずれ活用できたら」と紅子さんは話す。
昔ながらの暮らしを、自分たちのペースでゆっくりと愉しんでいることが伝わってきた。